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ボッチャの歴史

ボール遊びからユニバーサルなレクリエーションスポーツへ


ボッチャのルーツは諸説ありますが、古く古代ギリシャやローマ時代に楽しまれていた“ボールを使った遊び”にまで遡るとも言われています。


現在のボッチャに直結する起源は、イタリアの伝統的な球技“ボッチェ(またはボッチ)”であり、“ボッチャ”という競技名の由来でもあると言われています。


ボッチャは、“ボッチェ”の概念を基盤としながら、障害のある人たち・・・とくに重度脳性まひなどにより運動機能の制限がある人々でも楽しく安全に、そして対等に参加できるようにとルールが整備され、進化を遂げてきたレクリエーションスポーツです。


世界へ広がり、パラリンピック正式種目へ


ボッチャが世界各地で親しまれるようになったのは、1970年代、脳性まひなど重度障害のある人々のためのスポーツとして、北欧を中心にルールの体系化が図られたことが大きな要因でしょう。


そして、そのユニバーサルな特性と競技としての面白さが世界的に認められ、1984年に開催された第7回国際身体障害者スポーツ大会(米ニューヨーク/英ストークマンデビル1984パラリンピック)で採用され、1988年に開催されたSEOUL PARALYMPICS(韓国ソウルパラリンピック)で正式種目となったことにより、その裾野を広げてきたと言えるでしょう。


重度障害のある人々の競技として普及


日本でボッチャが愛好されるようになったのは、1990年代に入ってからです。当初は、脳性まひなど重度障害のある人々のためのスポーツとして福祉施設や特別支援学校などを中心に普及が進みました。


他のスポーツと比しても、誰でも参加できる可能性をもつボッチャは、数ある障害者スポーツの中でもとくにユニバーサル性の高いスポーツとして、他のスポーツに参加しにくかった人々の競技参加の道を開いてきたのです。


火ノ玉JAPANの活躍と障害者スポーツの枠を超えた広がり


障害者スポーツとして発展してきたボッチャですが、「誰もが一緒に楽しめる」というその本質的な魅力が知られるにつれて、その広がりも障害者スポーツの枠にとらわれないものになっています。


現在は、障害の有無や年齢性別にかかわらず誰でも一緒に参加できる「共生スポーツ」としての価値も高く評価されており、地域のスポーツイベントや企業のレクリエーション、学校の体育授業などでも愛好されています。


障害者スポーツの枠を超えたボッチャの普及──それを加速させ、その大きなキッカケの一つとなったのが、ボッチャの日本代表チームである「火ノ玉JAPAN」(一般社団法人日本ボッチャ協会が選抜)の活躍でしょう。


2016年に開催されたリオデジャネイロ・パラリンピックにおいてBC1/2チームが日本ボッチャ史上初のメダル(銀)を獲得しメディアで大きく取り上げられ、ボッチャブームを起こすと、2021年に開催された東京パラリンピックは3カテゴリーでメダルを獲得。BC2クラスでは杉村英孝選手が日本ボッチャ史上初の金メダルを個人戦で獲得するなどの大活躍を見せ、そのムーブメントをさらに大きく全国へと拡大させました。


ボッチャが象徴する「共生社会」の未来


ボッチャの歴史は、単に一つの競技が発展してきた物語にとどまりません。それは、社会が多様性を受け入れ、インクルーシブな社会を目指す歩みを象徴するものでもあります。障害のある人もない人も、共にスポーツを楽しみ、互いの能力を認め合う――ボッチャは、そうした共生社会の理想を具現化する存在として、これからも障害者スポーツの枠にとらわれない、より多くの人々に喜びと希望を届けていくことでしょう。